生成AIには、とても些細なことを相談することがあります。先日は、方向音痴の私がランニングコースについて相談しました。
そのとき気づいたのは、生成AIには「できないこと」だけでなく、「できるけれど嫌なこと」も話していいのだ、ということでした。
これまで自分の性格の問題として片づけていた感覚が、自分に合う答えを探すための条件になる。家事に生成AIを使い続けてきた私にとって、これはランニングだけの話ではありませんでした。
私が減らしたかったのは、距離ではなかった
私は月に200kmほど走りますが、かなりの方向音痴です。
新しい道では、曲がるたびに「ここで合っている?」と不安になります。走っている途中ではスマホを見ないため、一度心配になると、答え合わせができないまま走り続けることになります。
先日、10kmのランニングコースを生成AIに相談しました。
10km走りたい。うちはこのあたり。信号が少なく、安全で、歩行者も多すぎず、曲がる回数が少ない道がいい。
相談内容を見直すと、距離以外の注文がたくさん入っています。
信号で何度も止まりたくない。人が多すぎる場所は走りにくい。そして何より、道が合っているか何度も心配したくない。
私が減らしたかったのは距離ではなく、走っている間の小さな判断と不安でした。
実際に提案されたルートを走ってみると、曲がるところで一度も「ここで合っている?」とスマホを確認したくなりませんでした。
「できるけれど嫌」は、困りごとになりにくい
方向音痴でも、曲がりながら走ることはできます。地図を覚えたり、途中でスマホを確認したりすればいい。できないわけではありません。
「できないこと」は、別の方法を探す理由になります。難しいのは、「できるけれど嫌」なことです。
やろうと思えばできる。実際、これまでもやってきた。だから少しくらい嫌でも、「自分が慣れればいい」「面倒くさがらずにやればいい」と考えてしまいます。
家事には、そんなことがたくさんあります。
作業そのものはできる。でも、始める前にあれこれ決めるのが嫌だったり、途中で何度も判断することに疲れたりする。それでも家事はできてしまうので、その嫌さは困りごととして扱われにくいのです。
けれど、できることと、その方法が自分に合っていることは同じではありません。
個人的な感覚が、答えを決める条件になる
生成AIには、距離や時間、家族の人数といった分かりやすい情報だけでなく、こうした個人的な感覚も渡せます。
できるけれど、毎回考えるのが嫌。
少し時間がかかっても、途中で迷わない方法がいい。
手間をゼロにするより、取りかかるまでの重さを減らしたい。
どれも、一般的なサービスの選択肢にはなりにくい条件です。人に話しても、「気にしすぎ」「それくらいやればいい」で終わってしまうかもしれません。
でも、個人的すぎることと、重要でないことは同じではありません。
何を面倒に感じるかが違えば、自分にとってのよい答えも変わります。最短でなくてもいい。少しくらい手順が増えてもいい。その代わり、何度も判断しなくていい方法が合う人もいます。
「嫌」は、答えに添えるわがままではなく、どの答えを選ぶかを決める情報になります。
自分を矯正する以外の選択肢
私はこれまで、苦手なことがあれば、自分ができるようになる方向で考えがちでした。
方向音痴なら道を覚える。家事が面倒なら、もっと手際よくなる。迷うなら、早く決められるようになる。
もちろん、慣れることで楽になることもあります。でも、自分を標準的なやり方に近づけるだけが答えではありません。
苦手なままでもできる方法や、自分が嫌だと感じにくいやり方を探してもいい。自分を変えるのではなく、やり方のほうを自分に合わせることもできます。
今日から試せること:家事や暮らしで「できるけれど嫌」と感じることを一つ選び、何が嫌なのか、代わりに何なら増えてもよいのかを、そのまま生成AIへ話してみます。
生成AIが私の気持ちを自動的に理解するわけではありません。提案が正しいか、安全かは、自分で確認する必要があります。
それでも、これまで「私の性格の問題」として片づけていた感覚を、方法を考えるための情報として差し出せるようになりました。
個人的すぎた感覚が、答えを決める条件になる。
それは、自分を矯正する以外の選択肢が生まれることでもありました。