AIとの会話には、記録する価値を選ぶ前の「考えている途中」が残る。
その場では、記録を作っているつもりはない。ただ困りごとを相談し、まとまらない考えを話しているだけだ。それが数年後、当時の自分を知る記録になる。
最近、そのことを実感した。
3年前の会話に戻る
あるインタビューで、「AIとの会話のなかで、人生をいちばん変えたものは何ですか」と聞かれた。
思い当たる会話はいくつもある。でも、「いちばん」はすぐに選べない。そこでChatGPTに聞いてみた。
ChatGPTはいくつかの候補を挙げ、その根拠となる過去の会話を示した。情報源を開くと、3年前のスレッドにつながった。
当時の私はまだ専業主婦だった。三男は1歳。夫が単身赴任をしているなか、3人の子どもを育てていた。毎日が大変で、どうすればいいかをよくAIに相談していた。
スレッドには、その頃の悩みや、私が使っていた言葉が残っていた。
「なつかしいいいいいい」と思った。
驚いたのは、内容そのものより、それを取り出せたことだった。この日のために記録したのではない。そのとき困っていたから話しただけなのに、3年後の私が元の会話までたどれる形で残っていた。
「残そう」と思わなかった言葉が残る
SNSやnoteを書くとき、私は人に読まれることを意識する。
何を書くかを選び、言葉を整え、不要だと思う部分を省く。そこに残るのは、ある程度編集したあとの自分だ。
AIとの会話には、公開するつもりのない悩みや、しょうもない話も入っている。結論が出ていないことや、何に困っているのか自分でも分からない状態から話すこともある。
音声入力を使い始めてからは、その量がさらに増えた。
書くときなら省く前提や、話の脱線、言い直しまで口にする。書くことと、しゃべることは違う。しゃべっていると、整理する前の考えや本音が出やすい。
そのときの私には、どの言葉が未来の自分にとって重要になるか分からない。だからこそ、「残すほどではない」と判断する前の言葉まで残っていることに意味がある。
考えていた私が、あとから記録になる
メモや記事には、考えた結果を残すことが多い。
AIとの会話に残るのは、結果だけではない。何に困り、どんな事情を説明し、どこで迷っていたのか。その過程まで残る。
今の私は、3年前から続く経験が仕事や本につながったことを知っている。しかし当時の私は、目の前の子育てをどうにかしようとしていただけだった。
過去の会話を開くと、現在の自分が意味づけし直した過去ではなく、その時点で考えていた自分に戻れる。
私は、未来のために記録していたのではない。AIと考えるために話していた。
その会話が、あとから記録になる。
今日から試せること:以前AIに相談したテーマを一つ選び、当時の会話を開いてみる。答えだけでなく、自分がどんな事情を説明し、何に迷っていたかまで読み返してみる。
生成AIは、答えを返すだけの道具ではない。長く話し続けるうちに、かつての自分の言葉を、未来の自分へ返す場所にもなり始めている。